【レオンについて#12】1月6日お骨上げ

⚠️ブログ内に猫の遺骨の写真・動画があります。

火葬が終わるまでの間、何してたのか全く覚えてないですが、担当の方から電話で呼ばれお骨上げをしに火葬車のところまで行きました。
外に出ると雨でした。火葬するまでは曇り空だったのに、結構強く降っていました。
火葬を終えたレオンと対面です。

⚠️レオンの遺骨の写真・動画があります↓

火葬車の炉の温度では内臓が焼け切れず、黒く残ってしまうそうです。
私にはこの焼け残った内臓と骨の色味がそのままレオンの柄に見えました。
焼けてもレオンは変わらずそこにいるんだなと勝手に存在を感じました。

プランに「無料粉骨サービス」というのがありました。
自宅でお骨を保管する際、スペースをあまり取らないよう小さい骨壷に入れられるようお骨をパウダー状にしてくれるそうです。
スペースの問題でそのサービスを受ける方もいるし、亡くなったばかりのペットの骨を粉砕するのは辛い、という方もいるようです。
私たちも後者でしたし、スペースも特に問題なかったので粉砕せず、そのままお骨上げすることにしました。

担当の方にどれがどの部位なのかを説明してもらってからお骨上げをします。

身体の悪いところが焼け残って黒いんじゃないんだね、みたいなことを話しながらレオンのでっかい足の骨を拾います。
レオンは最終的に3.3kgまで体重は落ちたけど、最盛期は7kg近くまで大きくなったので、そりゃ残る骨もでっかいよね、と思っています。

腕の骨です。
これもまたでっかくて骨壷からはみ出てていっそ笑いました。
骨壷に収まるよう、夫が腕をたたみました。

めちゃくちゃピンボケしてて写ってないに等しいんですけど、猫の尻尾の骨って星の形をしているらしいです。
プランに「思い出グッズ」というのがあり、遺骨を入れておける小さいカプセルをもらっています。
この小さい星形の尻尾の骨を入れました。

大きなお骨を骨壷に入れ終え、細かい骨と焼け残った内臓や一緒に焼いた棺を集めてふるいにかけ、骨だけを骨壷に入れてもらいます。
青く見えるのは胆嚢だそうです。綺麗な色です。

大きい骨、小さい細かい骨を入れ終えたので、最後に頭です。
箸でやってもいいし、軍手をつけて手でやってもいい、ただ脆いので気をつけてください、と言われました。
これがレオンに触れられる最後なので、素手でやることにしました。
焼いたレオンはもう熱くありませんでした。

思った以上に脆いです。
持ち上げた瞬間や、移動させたり骨壷に入れたりするちょっとした衝撃でぽろぽろと崩れました。
できるだけ崩れないように骨壷に入れ、向きを整えました。

←上から見た図 真正面から見た図→
←上から見た図 真正面から見た図→

⚠️レオンの遺骨の写真・動画があります↑

頭蓋骨もでかくて骨壷から目が覗いてました。
これでいつでも目が合うね、と思っていました。

四寸(直径約12cm)の骨壷に入れてもらい、レオンが家に帰って来ました。
(写真は2月5日の月命日の時に撮ったものです)
プランの「思い出グッズ」にメモリアルカードというものがあり、そこに写真、名前、生年月日、亡くなった日、四十九日が記載されます。
誕生日はわからないので、出会った日にしました。
四十九日はなんと2月22日、猫の日でした。よくできた話すぎるでしょ。

火葬までは晴れ〜曇り、お骨上げでざあざあ降り。
晴れ男と雨女の夫婦の子だなと思っています。
葬儀を担当してくれた方が「葬儀の日に雨が降るのは故人が大事にされていた証。まだここから旅立ちたくない、という故人の涙が雨になっていると言われている」と話してくれました。
それはリップサービスだったのかも知れないけど、それを受けてまた泣きました。
私たちはレオンを大事にしてきた、愛していたつもりだし、レオンにとっても悪くない一生だったと思ってもらいたい。
まだここにいたいと思ってくれてたらいい。

セレモニーから火葬、お骨上げまでひとまず終わりました。
私も夫もレオンもチロもみんなみんなお疲れ様でした。

20240512
にほんブログ村 猫ブログへ
にほんブログ村

【レオンについて#11】1月6日火葬

⚠️ブログ内に猫の遺体の写真があります。

結局前日の夜ずっと泣いたりして大して寝てないけど、とにかく午前中から活動開始です。
ひとまず家の中を片付けて、ペット葬儀社の人が来て作業できるように場所を取りました。
普段から家は綺麗にしておいた方がいいとこんなとこで痛感しています。

続いて花を買いに行きます。
ホームセンターやショッピングモールをまわり、いい感じの花を探しましたが、店舗としてもオープン直後のため開店準備で忙しそうにしていてお花を見たり相談するのが難しい感じでした。
近場に店舗として構えている花屋さんがあったので、最後にそこを見て、いいのが無ければ今までまわった店舗に戻って再検討することにしました。
そこは開店時間が早かったのか、間も無く午前の営業を終えるというところでした。
スタッフの方と話をしたりする時間が少しだけ取れたので、ここでお花を買うことにしました。

問題なのが、何の花がいいのか?どんな花がいいのか?ということです。
火葬で一緒に燃やしてしまうなら、最初から花束になってるやつでもいいんじゃないか?とも思ったけど、レオンに送る最後のお花なので自分たちで選ぶことにしました。
花だけの写真撮ってませんでした。
あとでレオンと一緒に入れている写真を載せます。

この日の天気予報は雨でした。
ずっと曇り空で、今にも降りそうな感じがしていて、さすが雨女の私の息子だなと思っていました。
葬儀社の方が来て、夫がマンション1階まで迎えに行った時、急に外が明るくなって来ました。
急に晴れ男の息子としての本領発揮するじゃん…とかしょうもないこと考えてました。

⚠️レオンの遺体の写真があります↓

⚠️レオンの遺体の写真があります↑

担当の方は1人でした。
セレモニーや火葬について説明してもらい、申し込み書類にサインをして葬儀開始です。
私たちがお願いしたのは「家族立会葬」です。
レオンを入れていたケースはそのまま一緒に焼いてもらうことはできないので、プランに含まれているお布団とは別にバスケット型の棺を用意してもらいました。
棺に移し替えてからセレモニーが始まりますが、その前に担当の方がレオンに手を合わせてくれました。

一連の流れはジャパン動物メモリアル社のサイトに書いてある通りです。
ただし、うちにはまだチロルがいるのでハッカ油で清めたタオルでレオンの身体を拭くのはやめてもらいました。

⚠️レオンの遺体の写真があります↓

・末期の水

・念珠

・用意していたお花で囲み、お布団をかけてもらう
お花:スターチス(青)、カーネーション(赤、黄色、オレンジ、白)、ラナンキュラス(ピンク)、マーガレット(白)、前日スーパーで買った仏花
こうやって見ると、たくさんお花買ったと思ったけどもっといっぱい買って埋め尽くしても良かったかも。

おくるみを閉じて火葬車の準備が整うのを待ちます。
火葬車の準備ができたらレオンを連れて火葬車まで行き、そこでプラン内に含まれている「旅立ちのおやつ」と「フラワーシャワー(造花)」をレオンにあげます。

人間の食べ物はほとんどあげたことがなかったけど、レオンは餡子が好きでした。
夫が帰省先からお土産で買って来た黒糖まんじゅうと一緒に「旅立ちのおやつ(和三盆)」を口元に置いてあげました。
「甘党だね」と話しかけました。

⚠️レオンの遺体の写真があります↑

・火葬
火葬路に棺に入ったままのレオンを置きます。
もうレオンは戻ってこないのはとっくにわかってるけど、それでも手元から離すのが悲しいです。寂しいです。
セレモニーの間もちょいちょい泣いてたけど、この瞬間もまためちゃくちゃ泣いていました。
「またあとでね」と話しかけ、火葬路に置きました。

最初に黒い煙が上がるけど、それは遺体では無く周りのものが燃えている煙で時間が経つと落ち着きます、と説明を受けました。
確かに最初に黒い煙が上がりましたが、しばらくすると水蒸気に変わりました。


少しの間だけ火葬を見届け、私たちは一旦家に戻りました。
火葬はペットの体重によるけど、大体1時間ぐらいかかるそうです。

20241025

またあとでね。

にほんブログ村 猫ブログへ
にほんブログ村

【レオンについて#10】1月5日夜

⚠️ブログ内に猫の遺体の写真があります。

冬とはいえ、あまりレオンの遺体をそのままおいておくことはできません。
レオンが亡くなってから二人で散々泣いて、落ち着いた頃にペット葬儀について調べました。

条件
・立ち合いができる
・合同葬ではない
・返骨してくれる
・明日(1月6日)やってくれる

当然ながら、初めてのペット葬儀なので「ちゃんと」やってくれるところが良かったけど、そもそも「ちゃんと」とは…?となりつつ、実績数が多く、電話ですぐ連絡がついて翌日1月6日にできること、火葬車で来てくれて自宅で葬儀(セレモニー)・敷地内で火葬をしてくれることなどが決め手になり、ジャパン動物メモリアル社さんにお願いすることにしました。
午後13時ごろに来てもらうことになり、それまでに家を整えて、レオンを送り出す準備をすることにしました。
タオルで包んだ保冷剤でレオンの身体が傷まないようにして、暖房を点けないリビングでその日を過ごしました。

⚠️レオンの遺体の写真があります↓

⚠️レオンの遺体の写真があります↑

そのままでいるのもかわいそうなので、ひとまず近場のスーパーに売っている仏花を買ってきてもらいました。
ボリューム無くてスカスカでちょっと笑いました。
全盛期のほぼ半分の3.3kgまで体重が落ちたとはいえ、やっぱりレオンは大きいんだなあ、と思ったのを覚えています。

口にチューブを挿管されていたため、よだれでレオンの顔周りが汚れていたので温タオルで拭いてあげたけど、すでにカチカチになってしまっていて、うまくきれいにしてあげられなかった。
きれいな姿で送ってあげたかったのに。ごめんね。

レオンと人間が一緒にバタバタと帰って来たのにびびって巣にこもっていたチロが夜になってやっと出て来ました。
わかっているのかいないのかはわからないけど、レオンの入っている箱を覗き込んでいます。

⚠️レオンの遺体の写真があります↓

⚠️レオンの遺体の写真があります↑

いつも通りソファに座って、この角度から見るレオンの耳がぴくぴくと動いたように見えてしまい、何度も「実は生きているのでは?」と思って何度もレオンに触れました。
触れるたびにレオンの身体は冷たく、かたくなっていて、でも耳は、肉球は、お腹はまだ柔らかいままでした。

1月5日は家族全員が揃う最後の夜だったので、みんなで一緒に眠りました。
もちろん寝付けないです。部屋が静まりかえった時に聞こえる吐息がまるでレオンの寝息のようで、もしかして、と思ってまたレオンに触れたりしました。
毛並みも手触りも生きていた時と変わらないのに、ただ体温がない、鼓動がない、もう動かない、という事実が本当に本当に辛くて悲しくて、レオンに触れては泣いてました。
しかも寝て起きたらレオンを火葬しないといけないんです。耐えられる気がしない。
でも送り出すなら、派手に送ってあげたいというエゴ満載なので、1月6日の午前中に派手なお花を買って来てレオンを派手に飾ってあげようと思いました。

20201126
にほんブログ村 猫ブログへ
にほんブログ村

【レオンについて#9.5】後悔の書き起こし

読み飛ばして構わない、私のぐちゃぐちゃな気持ちの書き起こしです。
今は何も忘れられなくて忘れたくなくて日々辛くてしんどいんですけど、いつかこの日々を忘れる日がきっと来るので、忘れたくないので書き残しておきます。

私の実家では猫を筆頭に犬、うさぎ、ハムスター、リスなど色々飼っていて、そして幸運なことに、その誰の死に目にもあっていなかった。
実家で飼っていた、一番かわいがっていた20歳の猫の死に目にもあえず、ペット共同墓地に納骨される前になんとかお骨に会いに行けたぐらいでした。
だから、いざ自分の飼い猫が亡くなったとき、自分がどうなるかわからなかった。

ブログを書いているのは全部終わった2025年1月末。
レオンがいなくなってから今日まで、毎日あのときああすれば良かった、こうすれば良かったを何度も思い返している。

毎朝起こしに来ていたレオンが起こしに来なくなった時点で「何かおかしい」と思うべきだった。
ずっと寝てばかりなのも、シニア猫だから、としか思わなかった。
体重が4kg下回るほど痩せる前に気づけたはずなのに気づけなかった。
猫の異変にはすぐ気づける、と思っていた。慢心だった。
うちで大変なのはチロだけ、レオンは健康、だと思っていた。これも慢心だった。

ずっと「もっと早く迎えに行けば良かった」とあの日を後悔している。
1月5日の午前の面会の時点で酸素室レンタルをさっさと決めて、さっさと借りに行けば良かった。
14時に取りに行く、と連絡はしたけど、本当はもっと早く行けたはず。
行かなかったのは、そうは言ってもレオンはきっと大丈夫だろう、という変な自信があったからだと思う。本当に馬鹿だ。
私たちが家で休んでいる間もレオンはずっと苦しんでいたかも知れないし、診療明細見ると”蘇生処置”とあったので、実はもうすでに一度死んでいたのかも知れない。
私たちが迎えに来るまで、できれば家に帰れるまで、無理やり生かしていたんだなぁと今更理解して、レオンに無理をさせてしまっていたのかと思って、なんて酷いことをしたんだろうと思って後悔してる。

酸素室を借りに行く道中で病院から電話がかかってきたときに引き返せば良かった。
そしたらもう少しだけ家で生きられたのかも知れない。
少しでも病院で苦しむ時間を短くしてあげられたのかも知れない。
連れて帰りたい、死に目に会いたい、できれば家で最期を看取りたい、というエゴで苦しさを引き延ばしてしまったのかも知れない。
もっと早く迎えに行けば良かった。

この気持ちを一人で抱えていられなくて、先日ついに夫に話をした。
「酸素室を取りに行くのやめて、引き返せば良かった。どうせ使わないってわかっていた」
「どっちにしても後悔はしてると思う。酸素室取りに行くのやめてレオンを連れて帰っても酸素室無くて苦しみながら死ぬ姿を見たかもしれない。そしたら「酸素室借りてくれば良かった」と後悔する。生き物と生活するってこういうことだよ。愛情を注げば注ぐほど、失った時の悲しさが深い」
レオンが死んだ時、私ってこんなでかい声で泣けるんだな、と思ったけど、夫も同じぐらいでかい声出して泣いていた。
夫もレオンのことを大事にしてくれていたし、愛を注いでいてくれたんだなと改めて感じた。

ブログやSNSとは違うところでこの日々の感情を書き残していて、ずっと「辛い」とか「しんどい」という言葉を使っていたけど、やっとこの感情に相応しい言葉を思い出した。
「悲しい」だった。
レオンが入院してからずっと寂しくて悲しかった。
レオンが死んでしまって、今日までずっと悲しかった。
多分まだまだずっと悲しみが続く。
レオンの写真や動画を見るたびに、このブログを書くたびに涙が止まらないんだけど、夫も同じように悲しんでいるんだなと知って、悲しいのは私だけじゃないんだなと思って正直安心したところはある。

チロの1回目の脳腫瘍の終わりのブログに「「後悔しない」選択を」とか書いたけど、それはチロが生還したからこそ書けた綺麗事だったな、と今となっては思う。
どんな選択だとしても、今は後悔しかない。

20240906